2013年6月25日火曜日

【ストーリー解析】「攻殻機動隊ARISE border:1 Ghost Pain」

2013/6/22に公開されたアニメ映画「攻殻機動隊ARISE border:1 Ghost Pain」のストーリー解析を行う。

*完全なネタバレなので、まだ観てない人は観ましょう。

















■上映時間
59分。4部方式での公開が予定されており、その第一弾である。

■スタッフ
原作 - 士郎正宗
総監督、キャラクターデザイン - 黄瀬和哉
シリーズ構成、脚本 - 冲方丁
アニメーション制作 - Production I.G
製作 - 「攻殻機動隊ARISE」製作委員会(バンダイビジュアル、講談社、電通、プロダクション・アイジー、フライングドッグ、東宝)
配給 - 東宝映像事業部

劇場特典の小冊子によると、士郎正宗がARISE全体のプロットを用意したようだが、冲方丁もある程度自由にプロットに関わっているらしい。おおよそ、この2人でストーリーは決定されたと推測できる。

■声優
草薙素子 - (田中敦子) → 坂本真綾
荒巻大輔 - (阪脩) → 塾一久
バトー - (大塚明夫) → 松田健一郎
トグサ - (山寺宏一) → 新垣樽助
パズ - (小野塚貴志) → 上田燿司
ロジコマ - 沢城みゆき
クルツ - 浅野まゆみ
ライゾー - 星野貴紀
()内は旧キャスト。

主要メンバーのキャストが一新された。しかし、新キャストである違和感はほとんど無かった。唯一、バトーの低音が響きすぎていて耳についた。音響のせいもあるかもしれない。
ただし、演技と言う意味では、まだ自由に感情を出せていない感じがする。キャスト変更に対するプレッシャーからか、声色が一定で押し殺したような堅苦しさを感じた。

■音響・映像
自分が観た劇場では、音にだいぶ迫力をつけているように感じた。最初の雷の音だったり、衝撃音だったりが、かなり強調されている。
映像は、他のアニメ映画と比べて特にすぐれているというわけではない。ただ、アクションシーンは気合を入れていることが伝わってきた。

■総評
ストーリーが淡々として映画として成立していない(後述)。これは単なる謎解きだけで感情描写をおろそかにしたことが原因である。結果的に、「SOLID STATE SCIETY 3D」の時と同じで感情移入のしにくい作品となっている。
音響を除けば、劇場の大画面で観る必要もあまり感じられない。ARISEシリーズは、まったく新しい功殻機動隊を目指して作られたらしいが、旧作と多少見た目が違うという以外に目新しさは感じられない。新キャラクターはどこかで見たような感じだし、従来メンバーもちょっと若返ったぐらいの印象しかない。TVアニメでハマった自分としては、ちょっと残念である。


■ドライバー分析
本作のメインドライバーは次の2つである。

①マムロ中佐殺害事件の真相を暴く(E-G)
②素子が擬似記憶作成ウイルス「ファイア・スターター」の存在に気がつく(E-G)

①が最大のドライバーであり、②がネタバレにあたる。またサブドライバーとしてARISEとしての位置づけ、

③公安9課の特殊部隊(功殻機動隊)設立への経緯の紹介(P)

や、他のメンバーの動き、

④荒巻、トグサ、パズ、バトーらがそれぞれ中佐事件を捜査する。(E-G)

などがある。


■ストーリー詳細
覚えている限りで、ストーリーをまとめる。劇場特典の小冊子にもストーリーの大半が書いてあったので参考にした。専門知識の多い作品なので、筆者の知識では補完できない箇所もある。

G 雨降りしきる軍人墓地。公安9課の荒巻は、7日前に殺害されたマムロ中佐の死の謎を解明するため、部下に指示して中佐の墓を掘り起こそうとしていた。また、中佐には収賄容疑がかけられていた。

E しかし、そこに中佐の元部下であり陸軍501機関所属の草薙素子(以下、素子)が妨害に現れる。

G 場の職員達に緊張が走ったが、荒巻が自分と中佐が旧知の仲であり、事件解明のために必要な捜査であると説明すると素子は棺を検めることを了承する。

E しかし、棺から出てきたのは中佐の義体ではなく少女型の自走地雷であった。

G 突如襲い掛かってきた自走地雷を素子が破壊する。

P 素子は帰国直後中佐から、メッセージとディスク、拳銃を受け取っていた。

G(E)501機関に戻った素子は、上官のクルツに中佐の捜査を願い出るが快い返事をもらえない。

E 自室に戻った素子は、突然背後に自走地雷を目撃する。しかし、幻だったのか、どこにもいない。

G 翌日、素子は中佐の当日の行動をトレースする。そして監視カメラの映像から尾行者の存在を知る。

E 素子は、突如右手の謎の痛みに襲われる。ツムギのラボで検診を受けるが義体に異常は無い。

LF 素子は501部隊からの独立を望んでいたが、それを保証する中佐の推薦状などが、中佐の収賄容疑で無効になると告げられる。

P そんな矢先、荒巻が素子に中佐の口座から消えた金の流れと棺の記録解析を依頼してくる。

P 荒巻に、自身の多額の送金記録について聞かれた素子は、義体化の恩人への送金だと説明する。

G 依頼を受けた素子は、新浜県警察署で捜査にあたるトグサに目をつけ、尾行者のデータをリークする。

E そのとき何者かが電脳に侵入した気配を感じ、屋外へ飛び出す。

E 不審車を見つけるが、ライゾーから脱走者として制圧される。(この侵入者はバトーである。)

P 依然、501機関の捜査協力は得られない。

P 荒巻から護衛兼連絡役のロジコマが送られてくる。

G ロジコマから陸軍警察の捜査情報を得て、ニューポートシティの古びたビルに向かう。

G そこで、陸軍警察の潜入捜査官であるパズから自走地雷の出所が第六演習場であるという情報を得る。

E 501機関に戻った素子は、ライゾーから捜査を続けるなと脅しをかけられる。

E 自室に戻った素子は、ふたたび自走地雷を目撃する。しかし、やはり姿はどこにもない。

P 第六演習所に侵入した素子は、独自に動いていたトグサや、あるレンジャー隊員の殺害容疑者として素子を追っていたバトーと鉢合わせる。

E(G) バトーが素子に襲い掛かる。バトーによると、素子がレンジャー隊員の殺害に使用された自走地雷を入手していたという。しかし、素子には覚えが無い。

P また、素子の右腕に痛みが走る。

E 尾行者としてリストされていたアムリとモウトが現れ、大量の自走地雷と共に襲い掛かる。

G フェンスに追い込まれた3人だったが、パズに助けられる。

P パズによって荒巻のところに連れて行かれた素子は、自身があらゆる点で容疑者だと告げられる。

G 素子は、周りの状況と事件の整合性から自身の記憶の異常に気がつく。

P また、素子の右腕に痛みが走る。

G ロジコマに自身の視覚データを同期させた素子は、真実の世界に気がつく。自身の視覚データは偽装記憶ウイルス「ファイア・スターター」により改ざんされており、自分の部屋には自走地雷がおり、送金相手だと思っていた写真の女性は存在せず、中佐から受け取ったはずのディスクも消えていた。

G 素子は、中佐の墓地を再び掘り返し、ニセの棺のさらに下に埋まっていた本物の棺にたどりつく。

P 中佐の義体から情報を得た素子は、自身が7日前に帰国したこと、死亡直後の中佐の電脳に同期したこと、そこで偽装記憶ウイルスに感染したことを知る。

G 素子は、中佐の口座から自身の口座に送られていた現金をエサに真犯人をおびき寄せる。

P そこに現れたのはライゾーであった。

EG 襲い掛かるライゾーを激しい戦闘の末、倒す。

P そこにクルツが現れ事件の全貌を語る。

P 素子は、中佐が国の軍事兵器の違法売買を公表しようとしていたこと、501機関の存続のためには、中佐の排除はやむを得なかったことなどについて一定の理解を示す。

G 素子はツムギのラボで、偽装記憶ウイルス「ファイア・スターター」による改ざんを受けた記憶部位の除去を行う。

G 素子は事件を違法売買の公表をもみ消そうとした大臣を襲撃する。

P 中佐の容疑が晴れ自由な身分になった素子の前に荒巻が現れ、新組織が設立される見込みであること、素子を特務コンサルタントとして迎える準備があること、部隊は6名から構成可能であることなどを告げる。

(border:2へつづく)

色々込み合っているが、ストーリーの要所は先ほどのドライバーで示したとおり、事件の究明と、素子の偽装記憶の払拭にある。


■いくつかの疑問点

①501部隊はどうなった?
中佐を殺害した501部隊はお咎めなしなの?それでいいの?
実行犯のクルツともなんか仲良さげにするし、事件の決着が中途半端だ。素子が何をしようとしているのか分からなくなる。レンジャー隊員も死んでるし、何らかの形で裁かれる必要があったのではないだろうか。

②偽装記憶ウイルスってなんぞ
偽装記憶ウイルスの正体が良く分からない。501部隊が中佐の電脳に仕掛けたものなのか?それともまったく出自不明なのか?作られた記憶は、なぜ都合よく素子を犯人に仕立て上げたのか?あるいは任意の記憶へ操作可能なのか?
右腕の幻肢痛は「記憶の持ち主」を示唆しているのではないのか?

③自走地雷はどういうルートで素子の部屋に?
よくわからん。バトーによると素子が購入したらしいが、偽装記憶がそうさせたのか?だとしたらなぜ?

④中佐を撃ったのは誰?
作中ではクルツっぽかったけど、自殺と言う説も。BDに書いてあるとかなんとか。

■改善案

本作のストーリーの問題点は、エモーショナルラインがはっきりせず、また、ARISEのパート1としても新鮮味にかける点である。そこで、次のような設定を考慮するといいかもしれない。

①偽装記憶による「偽りの温かみ」の導入
本作の素子はまったく新しい功殻と言いながら、相変わらず端的で強い女である。冲方はインタビューで、草薙素子を女性として描こうとしたなどと言っているが当の素子にはそんな素振りが毛ほども無い。若くなって色気がなくなっている分、より女性らしくなくなっているようにさえ思える。
そこで、偽装記憶に次の設定を入れる。

・偽装記憶ウイルスは、501部隊が仕掛けたものである。
・偽装記憶ウイルスは、中佐の記憶を利用し事件の隠蔽を図るようプログラムされている。
・偽装記憶ウイルスは、中佐の娘の記憶データを利用して素子の記憶を偽装した。
・右腕が痛むのは、義体化した中佐の娘が持っていた症状の再現である。(つまり、娘の記憶を使って偽装されているときに痛みは起こる。)
・素子は、旧作ではありえないような感情の表し方をする。例えば、中佐を父のように慕ったり、墓を荒らす荒巻に怒ったり、義体化の恩人を想ったり。視聴者は驚く。(ただし、後にウイルスの影響と分かる。)
・素子は、偽装された記憶部位を切除し、旧作ライクなニヒルな性格に戻る(=ARISE)。
・視聴者は、どこまでが素子の「元の」性格なのか分からない。それがボーダー。


本作でも、最後の記憶を消去する場面で偽の記憶が温かみを持って描かれていた。それをより全体に適応するということである。ストーリー全体は、単に偽装記憶ウイルスに気がつくというサスペンスだけでなく、偽りだが温かみのある記憶との決別を主軸に置く。例えば、写真を大事そうに眺める演出を強化しても良いだろう。そこに人間らしい脆さを持つ素子が描ける。

事件だけでは、視聴者を引き付けるストーリーとしては弱い。事件の顛末だけでなく、(偽りの)少女草薙素子の寂しさや愛しさをストーリーに加えるべきだった。

これにより、感情豊かだがどこか違う素子から出発して、整合性の取れた素子へと終着する。文字通り、視聴者も偽の記憶に騙されるのだ。















②クルツは解任
クルツが自首してけじめをつける(ただし、クルツが撃ったのならば)。どうもクルツをカッコよく描きたいようなので、豚小屋にぶち込むよりも、カッコよくけじめをつけてもらう。データは結局公表されないで、事件は闇の中、ただしクルツは解任というあたりの結果で収まるのがいいかもしれない。さすがに1時間かけた事件には落としどころを用意して欲しい。


以上の2つで、ある程度感情移入しやすいストーリーになると思われる。