思考の一般論(general theory of thought)は、思考の一般的形式についてそのモデルと方法を記述するものである。思考の一般論はアイデアがどこから来るのか、そしてその一般的方法について明らかにする。
通常の用法と異なる用語や強調点については太字で記してある。また、各節にはモデルに必要な記述とは別に補足としての説明を付与している(--)。
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1.世界
1.1 世界は、3つの異なる領域、不可観測領域(unobservable domain)、可観測領域(observable domain)、物理領域(physical domain)で構成されている。
1.1.1 物理領域は、存在(existence)が物理的実体(physical substance)として存在する領域である。
1.1.2 可観測領域は、存在がシンボル(symbol)として存在する領域である。
1.1.3 不可観測領域は、存在が観測できない存在(unobservable)として存在する領域である。
1.1.4 これらの3つの領域は、物理領域、可観測領域、不可観測領域の順に、滑らかにつながっている。
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世界の構造は、超情報場仮説における情報空間の概念に準ずる。超情報場仮説においては、可観測領域と不可観測領域の区別はなく、3つの領域を合わせて情報空間と呼ばれる。
また、ここでいうシンボルは、文字や記号だけではなく、事象や感覚など、知覚されるすべてのものを指す。
2.結合場と裂け目モデル
2.1 不可観測領域には、領域内の異なる場所を相互につなぐ結合場(connecting field)が存在する。
2.2 不可観測領域にある一定以上の場が作用すると、裂け目(crack)が生じる。
2.3 裂け目は、可観測領域においてシンボルとして観測される。
2.4 これを裂け目モデル(crack model)と呼ぶ。
2.5 裂け目は、一般に位置と形、複数の向き、先端方向への脆弱性を持ち、相互に接続しうる。
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結合場の作用は、仏教でいう縁起に対応する。作用は裂け目の縁(ふち)とその外側で起こり、外側についてはそれを見ることは出来ない。縁起の思想に基づけば、全ての領域は動的かつ一様ではない。
裂け目としてのシンボルの一般的性質は「関係」でもある。
3.情報的身体
3.1 私たちの情報的身体(informational body)は、世界の3つの領域にまたがって連続的に存在する。
3.1.1 情報的身体全体の状態を動的背景(live background)と呼ぶ。
3.1.2 動的背景のうち、不可観測領域に属する領域を一般性(generality)と呼ぶ。
3.1.3 情報的身体は物理領域に根ざし、裂け目を脈として、不可観測領域に向かって伸びている。
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超情報場仮説に従えば、脳と心は1つのものであり、それを扱う抽象度の違いによって呼び名が異なるに過ぎない。情報的身体も同様に、世界の3つの領域にまたがって存在している。
一般性は、仏教でいう仏性に対応する。
4.空白選択性
4.1 空白選択性(blank selectivity)とは、私たちが生得的に持つ、空白(blank)に対して何かを選択する能力である。
4.1.1 この際に選択されるものは、既知の記憶や知識だけでなく、未知のシンボルも含まれる。
4.1.2 一般に、空白選択性は動的背景と結合場の関数である。
→ blank selectivity(live background, connecting field)
4.1.3 空白選択性が動的背景だけでなく結合場の関数であることは、私たちが未知のものを思いつきうることや、その選択が私という個人(individual)の中で閉じているわけではないことを表している。
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私たちは何かを思いつく前に、それが何であるかを知ることはできない。その現象は、「私たちの状態」と「知りえない何か」の関数として見ることができる。
5.思考の有限性と持続性
5.1 思考(thought)は、情報的身体の活動の一部であり、空白選択性を含む動的なプロセスである。
5.1.1 思考には、有限性(finiteness)と持続性(durability)がある。
5.2.1 思考において、同時に保持できるシンボルの数は有限であり、実際的には数個程度である。
5.2.2 動的背景のうち、ある持続時間(duration)の間、シンボルを保持する仮想的な領域をインベントリ(inventory)と呼ぶ。
5.2.3 インベントリにおけるシンボルの保持力(holding force)は、時間の経過とともに減衰する。
5.3.1 ある思考の持続時間は、実際的には有限である。
5.3.2 動的背景のうち、思考の持続性の要因となる概念的な物質を思考性(thoughtfulness)と呼ぶ。
5.3.3 思考性は概念的な物質だが、物理領域においては物質的背景を持つため、生成可能な思考性の量には限りがある。
5.3.4 思考性の濃度(concentration)は、特定の過程により増大し、時間とともに減衰する。
5.3.5 思考性は、情報的身体の物理領域、可観測領域、および不可観測領域それぞれにおける力場(force field)として作用する。
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短期記憶の研究よれば、インベントリが短期間保持できるシンボルの数は4±1程度と考えられる。ただし、インベントリは仮想的な領域であり、実際の「数」はもっと多いともいえる。
思考の持続時間については、その強度にもよるが、プライミングといったシンボル生成に関わる弱いものも含めれば、数秒から数週間程度と考えられる。ただし、思考と記憶の明確な線引きは難しい。
この場合、裂け目を引き起こすのは、結合場と思考性による力場である。一般的に言えば、それらは重なり合うまたは協調する。
6.シンボルの生成確率
6.1 一般に、思考に伴うシンボルの生成確率(probability of symbol generation)はインベントリ、思考性、一般性、結合場の関数である。
→ probability of symbol generation(inventory、thoughtfulness、generality、connecting field)
6.1.1 これは空白選択性の具体的な表現である。
6.1.2 パラメータのうち、不可観測領域に属する一般性および結合場は制御可能ではない。
6.1.3 一方で、可観測領域に属するインベントリおよび思考性は制御可能である。
6.1.4 インベントリは保持力を伴うアクティブな裂け目の集合として、思考性は可観測領域でのインベントリの保持力および、裂け目周辺の不可観測領域に作用する力場として働く。
6.1.5 これらの相互的な位置関係により、新たな裂け目の生成範囲はゆるやかに限定される。
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生成確率の関数に一般性や結合場が含まれているのは、裂け目が実際に発生する領域は不可観測領域と情報的身体の共通部分であるためである。シンボルの生成確率関数は、空白選択性における動的背景が、インベントリ、思考性、一般性によって代表された形になっている。
7.生成的過程
7.1 生成的過程(generative process)とは、無意識(unconscious)による要求(request)を物理領域で実行(proceed)する過程である。
7.2 一般に、生成的過程では思考性が増加する。
7.3 特に、空白選択性によるシンボルの生成は、生成的過程のひとつである。
7.4 生成的過程は、意識(conscious)の介入によって中断されうる。
7.5 無意識および意識と物理動作を結ぶ経路の間には、相互抑制的な介入路があり、両者は互いにその物理動作を中断させることができる。
7.6 生成的過程を効果的に使うには、物理動作に対しての意識の介入を抑える必要がある。
7.7 これは他者による介入も同様である。
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意識とは、情報的身体の可観測領域において気がついている領域を指す。これは特に思考性の濃度が比較的高い範囲であると考えられる。
また、無意識はそれ以外の領域を指す。無意識が、物理領域や不可観測領域を含むのかは文脈によるが、広義には情報的身体全体に広がっていると考えられる。
8.操作的過程
8.1 操作的過程(operative process)とは、生成的過程によって生成されたシンボルを意識的にインベントリに再配置する過程である。
8.1.1 操作的過程は、特定のシンボルに対する保持力を高める。
8.2 再配置されるシンボルは生成されたシンボル群の中から、感覚量(sense)によって選ばれる。
8.3 インベントリの数は有限であるから、候補となるシンボル群は、記憶領域または物理領域に外部化されていなければならない。
8.4 操作的過程は生成的過程に対して十分少ない。
8.5 インベントリの変動により、シンボルの生成確率は変動する。
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あるシンボルに対してどのような感覚を持つかは無意識によって決まる。思考における意識の役割は、あるシンボルに対して生じる感覚を認識し、そのシンボルに再注目することである。その点において、操作的過程は内省意識的過程といえる。
9.未知の整合的かつ統合的な構造に対する思考
9.1 思考の対象の中で、未知の整合的かつ統合的な構造を持つと想定される対象については、設定点(setting point)および感覚量としてのサイン(sense of sign)が有効である。
9.2.1 設定点とは、「~について考える(think about)」の「について(about)」と同じ機能を持つシンボルである。
9.2.2 設定点は、思考の対象となる不可観測領域の比較的広い地域(region)を指し示す。
9.3.1 また、サイン(sign)とは、未知かつ重要な領域(area)を指し示すシンボルである。
9.3.2 サインが持つ未知性および重要性の感覚量は、シンボルと設定点の関数で表される。
→ sense of sign(symbol, setting point)
9.3.3 この関数は戻り値として感覚量としての未知性(unknown)および重要性(importance)を返す。
9.3.4 未知性は、シンボルが設定点の対象地域に近い未知の領域の方向を指していることを示している。
9.3.5 重要性は、シンボルが設定点の対象地域に対し直接的または間接的に接続するか、裂け目が作る経路の通過点(waypoint)となる可能性の高さを示している。
9.3.6 一般に、あるシンボルに対して感覚量としてのサインの関数を適用した場合、戻り値は何ももたないか、未知性または重要性のいずれか、またはその両方を持つ。
9.4 整合的かつ統合的な構造を持つと想定される対象に対しては、操作的過程において、未知性または重要性のうち少なくとも1つの感覚量を持つシンボルをインベントリに再配置することで、対象地域への裂け目の拡大を促すことができる。
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ある整合的かつ統合的な構造は、可観測領域と不可観測領域を大域的につなぐ裂け目群として存在することになる。設定点および感覚量としてのサインは、その構造が想定される方向への裂け目を利用する。
10.思考の一般的形式
10.1 以上のモデルに基づき、思考の一般的形式は次のようになる。
前提
10.1.1 思考性の生成余力を確保するために、十分な休息をとる。
思考の一般的形式
(1) 設定点の設定(何について考えるかに相当するシンボルを保持する)
(2) 空白選択性に基づく生成的過程により、シンボルを生成し物理領域に外部化する。
(3) シンボルの生成と外部化を繰り返す。回数に制限はない。(シンボルおよび思考性の増加)
(4) 操作的過程により、感覚量を元にインベントリを更新する。
(5) 再びシンボルの生成を行う(2に戻る)。
(6) 目的となるシンボルが生成されるか、思考性が枯渇して維持できなくなった時点で終了する。
補足
10.1.2 実際的には、思考時間は思考性の限界によって決まるため、最高強度の思考を行う場合には、思考時間は数十分から~2時間程度が適切だと思われる。
11.裂け目モデルの適用範囲と制約
11.1 裂け目モデルによる思考の一般論は、個別の問題には次のように適用される。
(1) 生成的過程は、すべての個別の問題に対して共通して適用できる。
(2) 操作的過程については、個別の問題ごとに異なる設定点を適用することができる。
(3) 整合的かつ統合的な構造を持つ対象に対しては、感覚量としてのサインを用いることができる。
(4) そのような構造を持たない対象には、サイン以外の感覚量を用いる必要がある。
(5) ある真実に関する構造は整合的かつ統合的であり、1~3の一般論を適用できる。
(6) ある物語に関する構造は整合的かつ統合的であり、1~3の一般論を適用できる。
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最後に物語の作成に関する問題を挙げているのは、それが思考の一般論を研究するための個人的な動機であったからである。その意味で、物語の作成に関わる思考の一般化は完了した。
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