新創作理論の実践第2段として製作。
今回はオリジナルの内容。
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『マーメイ丼』
エメラルドブルーの海の底、キラキラと色鮮やかな魚達が泳いでいる。その魚達が突然さっと身を翻し、その群れを切り裂くように黒髪の人魚が猛スピードで突き抜ける。尾ひれはうねり、力強く水を掻くが、前方に現れた大きな網がその人魚を捕らえてしまう。
そこから少し離れた海の底、そんなことが起こっているとはつゆ知らず、別の人魚が袋片手に落ちているゴミを拾っている。頭には猫耳をつけており、髪は綺麗な金色だ。
「なんだ栗かと思ったらウニか。……この間食べたマロングラッセおいしかったなあ」
彼女の名前は山田カレン。この辺りの海の底、モクズ町に住む人魚3姉妹の末っ子である。
その様子を岩陰から怪しい男が覗いている。男は黒いダイビングスーツに身を包み、目つきは鋭い。
彼女がゴミ拾いを終え、日本家屋風の家に帰ってくると、居間では姉のイザベラがソファーで寝転がってテレビを見ていた。
「ちょっとお姉ちゃん、町内会のゴミ拾い行くんじゃなかったの」
「ごめんごめん、昨日飲みすぎちゃって……それよかさあ、カレンこれ見た?夏祭り中止だってさ」
イザベラはカレンに回覧板を差し出す。そこには夏祭り中止のビラが挟み込まれている。
「え、中止?なんで?」
「これが原因みたいよ?」
イザベラが指差すTVの中では、朝の情報番組が国王の容態悪化のニュースを取り上げてる。これを受けて全国では催し物の自粛ムードが広がっていた。
「えー楽しみにしてたのになあ」
「アタシも新しい浴衣着たかったのにい!」
突然、キッチンで朝食を作っていたもう1人の姉、おネエ系のカオルが顔を出す。正確には兄だ。お姉さんタイプのイザベラ、おネエさんタイプのカオル、アニメオタクのカレン、これが人魚の山田家3姉妹である。
「いただきまー……」
「みんな、大変やーっ!役人が来てえらいことになっとるでえ!」
カオルの作った朝食を食べようとした瞬間、町内会のタコ親父が顔を真っ赤にして飛び込んできた。
「……?」
広場に集まったモクズ町の住人の前に、偉そうな服を着た男と、ダイバースーツに身を包んだ男数人がいる。海面には軍艦が停泊しており、その錨のそばに鋼鉄製の檻があり、人魚が捕らわれている。それは、町長の孫娘でカレンの友人の黒髪の人魚リサであった。
「リサ!」
「カレン!」
「ええい、下がれ!」
偉そうな服を着た男が口調だけは丁寧にしゃべり始める。
「皆様、私はエンロハルバル家執事のオカーノでございます。国王様は今は病に伏せっておられるが、ご病気を患われる依然は大変な美食家で、今もその情熱は留まることがございません。単刀直入に申しあげると、国王様はある料理を探しておられる、その名は……」
聴衆がざわめく。
「マーメイ……なんとか」
「え?」
「正確な名前は分からんのだ。昔、国王がこの地で食した郷土料理だそうだ。その……、何か衝撃的で、感動的で、ちょっぴり切ない味だそうだ。」
「はあ?」「聞いたことある……?」「さあ……」
「おい、それよりリサをどうする気だ!」
「やかましい!我々も急を要しておるのだ!明日の夕刻までに『マーメイナントカ』なる郷土料理が見つからなければ、この娘にはその『マーメイナントカ』の実験台になってもらう」
「じ、実験台……?どうする気だ!」
「それはまだ考えてないが、その、なんだ、なんていうか……。ちょっとエッチな……感じとか?」
「ガーン」
「町長が倒れた!」
「リサ!そのマーメイ……なんとかを探し出して必ず助けてあげるからね!」
「マーメイ……なんとか」
「は、父上様なんと……?」
ここは海面の船の中、大きなベッドに力無く横になっているこの国の国王トースギルの横に王子カナタが寄り添っている。
「どのような食材を使った料理だったのか……、不思議と思い出せないが、その衝撃だけは覚えておる。ああ、懐かしい。あれが食べられればわしは……」
国王は、小さなため息をつくと船室の窓からたなびく雲を見やった。
「……親父はもう駄目かもしれん」
船室から出てきた王子は、ダイバースーツの大男、カナタの親友で軍部のモリータの前でそうつぶやいた。
「王子、人魚の肉は不老不死の力を授けるという話もあります。最悪、そのような手段も」
「そうだな……、海の民には嫌われたくないが……」
そんなわけで、モクズ町の面々は、それぞれその郷土料理を探すことになった。
「どうしようお姉ちゃん!」
「それぞれ散らばって探すしかないでしょ。ねえ」
「そうよ!今は全力を尽くすことだけ考えなくちゃ」
急にたくましくなる姉2人。カレンは友達が捕まっていることもあり、少し気が動転している。
「私どうしたら……」
「リサちゃんの側にいてあげてと言いたいところだけど、カレンはじっとしていられるタイプじゃないし……、そうね、おばあちゃんの所に行ってみれば?」
「でも、おばあちゃんってどこにいるか……」
「探せばいいじゃない。それぐらい出来るでしょ。それにカレンは私と違ってくじ運いいからさ」
「そ…そうかな」
「決まったわね!」
それぞれが勘を働かせて、山田家3姉妹はそれぞれ『マーメイ……なんとか』を探しに出発した。
カレンが向かったのは、モクズ町から少し離れた深海の海、太陽の光もあまり届かない暗い海である。カレン達の祖母ローレライは喧騒を離れ、深い海の底で隠遁生活を営んでいる。
色鮮やかな魚たちは次第に少なくなり、代わりに土色で不気味な容姿の生き物が増えていく。
「あー、何度来ても気持ち悪いなあ」
海の底に着いたカレンは水中ランプに灯をともす。周囲は静まり返り、貝が砂を吐く音やカニが歩く音が聞こえてきそうなぐらいである。
薄暗く見晴らしのきかない周囲に戦々恐々として泳いでいると、目の前に大きな穴が現れる。よく見ると、小さなトゲがついており、それは寝ている深海ザメの口だった。後ずさるカレンだが、ちらちらする光に目を覚ましたサメに襲われる。
追いかけられるうちに、ランプと猫耳を落として逃げ惑うカレン。たまたま、ランプがそのサメの鼻にかかり、猫耳も装着されてしまう。猫ザメの完成である。しかし、突如「ゴーン、ゴーン」という音が海中にこだまして、それを聞いたサメは何故かすごすごと去っていく。
それを呆然として見送るカレンの背後に、灯りを点した真っ黒く巨大なアンコウが現れる。びっくりして振り返るカレンだが、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「カレンか~い?お入り」
真っ黒く巨大なアンコウは、実は祖母ローレライが深海船に改造した動く家ハウリング号であった。
そのころ、姉イザベラは高級市場で情報収集を、おネエカオルは片目の巨大ザメと対決していた……。
「おばあちゃん何か知らない?結構昔のことらしいんだけど」
「マーメイ……なんとかねえ。」
「友達が捕まって、夏祭りも中止でえらいことになってるんだから!」
「夏祭りかい……、トンと行ってないねえ。アンタのお父さんが若い頃はそりゃあもう盛り上がってたもんだよ。お母さんとだってそこで知り合ったんだから」
「へえー、お父さんやるなあ」
「その頃はおばあちゃんだってピチピチだったんだから。ああ、そういえば夜店で何か作ってたわね」
そう言うと、ローレライは古ダンスをほじくり始めた。
「おじいちゃんが死んでからはひと夏の恋に燃えたものだわ」
ハウリング号の窓からは、部屋の明かりに照らされてちらちらとマリンスノーが見える。
「ありゃー何か色々と出てきたよ。困ったね、せっかく忘れてたのに。こりゃ見切れないよ」
タンスからは山田家の歴史が次々と発掘されていく、その中にカレンの父、山田助六の夏祭りメモが多数発見される。それには、今の夏祭りよりずっと規模の大きな当時の祭りの、出店の配置から、その出し物の情報が細かく書き込まれていた。そこでカレンは適当に山をほじくって眺めている。
「あ!おばあちゃん、これじゃない?」
カレンが見つけ出した出店のメモの束には何やらレシピのようなものが書かれている。その中に、『MERMAIDONの作り方』なるものがある。
「まーめいどん……、マーメイ丼!?」
「どれどれ?字が小さくて読めないねえ、メガネを……」
「ごめんおばあちゃん、急がないといけないの!すぐ行かなきゃ」
「ちょいと待ちな、それじゃイカの大ちゃんとこ行きな。大ちゃんなら大抵の材料は調達してくれるよ」
「うん、ありがとう!」
カレンは新しいランプをもらうと、レシピを持って一目散に深海の仕入れ屋、大王イカの大ちゃんのもとに行く。大ちゃんはローレライと幼なじみで、老舗の仕入れ屋の店主である。
「ほー懐かしいなあ、こら助六さんのメモやないかい。今年の夏祭りは豪勢やなあ」
「ごめんなさい。色々説明しなきゃいけないんだけど、時間が無いの。このレシピどおりに材料集められる?」
大ちゃんはレシピを眺めて、うーんと唸る。
「材料はそんなに問題あらへんけど、こらあタコうつくで?」
「それはきっと大丈夫、必ず払うからお願い!」
「ふーん。何かわけありやな。ローレライのばあさんとも友達やし、とりあえず倉庫から材料取ってくるさかい待っといて」
「ありがとう!」
次の日の夕刻、すでに広場では国王トースギルによる品評会が始まっている。
住民達は様々なマーメイドにちなんだ料理を作ってきたが、国王は手をつけるどころかほとんど見向きもしない。
「今までのところ、一番良かったのはイザベラさんのマーメイドの宝石箱弁当とカオルさんのマーメイドラゴンのフカヒレか……」
「父上様、どうですか何か思い出すものがありましたか」
「みな良くやってくれたが……、この中にはない。あの時の味はもっと強烈じゃった。残念じゃが、もう良い。わしの勘違いかもしれぬ」
「もう、料理を持って来た者はおらぬか!無ければ、これにて終了……」
「待ってください!ここにその料理があります!」
そこに、こんもり盛られたどんぶりを持ったカレンが現れる。
「料理の名は何という?」
「マーメイ丼です!」
ふたを開けると何やら黒々しいものが乗っかっている。とても料理とは思えない。群集にどよめきが起こる。
「あーあの子が料理全然出来ないの忘れてたわ……」
イザベラも頭を抱える。
「何と無礼な!そのようなゲテモノを国王様に召し上がっていただこうなどと。下げろ、下げろ!」
「そんな!」
その時、どんぶりから流れ出るわずかな匂いが国王の鼻に届く。
「うん?この匂いは……、これ持って来てみい」
「父上様、よろしいのですか?」
カレンは、執事オカーノにどんぶりの乗ったお盆を手渡し、オカーノはそれを国王の前に置く。
「不思議じゃ、見た目はひどいが、この香りは……どこかで」
国王は割り箸を割ってご飯とともに黒いものを口に運ぶ。群集は国王が初めて興味を示して食べる様子に息をのむ。
その間に、匂いが警護隊長のモリータの鼻にも届く。モリータは妙な顔をしたあと、あっという声を上げる。
それを聞くか聞かないかのタイミングで、国王がマーメイ丼をかみ締める。
「国王様!それを召し上がってはなりません!」
国王がその黒いものをかみ締めた瞬間、国王の顔は激しい閃光に包まれ、顔の穴という穴から爆風が噴き出し、衝撃波が群集を振るわせる。
「ドーーーーーーーーーーーーンッッッッッ!!!」
「な、な、何事だーっ!」
「その娘を捕らえろっ!」
警備兵がカレンを激しく拘束する。
「これは……火薬だ!この者の首をはねよ!」
「父上、父上は無事か!?」
「待ちなさい!」
煙の中から、髪の毛がもじゃもじゃになりススだらけになった国王が出てくる。テーブルは吹き飛んでいる。
「これじゃ……!」
「は?」
「いや、正確には完璧にこれというわけでないが、かなり近い……」
「あの?父上、おっしゃってる意味が……」
「その娘を放してやりなさい。これこそわしの求めていた味に近いものじゃ……」
王宮の面々と住民達は唖然として、爆発した国王の容姿を見つめている。
「しかし、もう一つ何か足りん。娘、これをどこで……」
「足りないのはアンタの頭だよ!」
突然、頭上に巨大なアンコウが現れる。ローレライのハウリング号である。
「おばあちゃん!?」
「あれから色々調べて思い出したよ!後はこれを見れば思い出すだろ。大ちゃんお願ーい」
ハウリング号からローレライが合図を送る。
「何だ、何だ?」
広場から少し離れた所から、小さな閃光が打ちあがり、夜空にぐんぐん上がっていく。王子は初めて見る光景に驚きの声をあげる。
「こ、これは花火というやつか……?」
「ドーーーーン!」
炸裂した花火は、七色の光を瞬かせながら散っていく。次々に打ち上げられる花火の閃光が、国王の潤んだ瞳に映っている。
「そうか、これじゃったのか……」
それから、すっかり元気を取り戻した国王を祝うため、夏祭りが開催された。丁度用意された大量の料理は夜店で販売されることになり、さらに、大ちゃんの用意した花火「マーメイドン」が次々と夜空に打ち上げられた。
そんな中、山田家の前では酒が入った面々がへべれけになっている。
「レシピは800発になっとったけど、1000発にまけといてやったわ」
「商売上手でんなあ」
「それで、おばあちゃん、真相はどうだったの?」
「あのトースギルってのが、付き合ってくれってしっつこくてさ。いい加減頭来たんで、花火を一発食わせてやったのさ。目を白黒させてたよ。」
「モリータさん、あんた意外といい男だわねえ。」
「う…」
「ねえ、おネエちゃん!かわいく着れてる?」
「ええ、カレンもリサちゃんもバッチリだわよ!」
「じゃ、夜店に行って来るね!行こ、リサちゃん!」
「うん!」
その年の夏祭りは花火や珍しい料理で例年に無く盛り上がり、国王の部下達も交えて飲めや歌えやの宴が夜遅くまで続いたという。もちろん数日後に、山田家には1000発分の花火の代金が請求されることになるのだが、そのことはまだ黙っておこう。
おわり